庄内平野と鳥海山(秋)
時代の変化はスピードを増し、人々の生活もそれに合わせて変容していく。市民の生活を支え、より良い未来へと導くのが行政および市役所の仕事なのだとすれば、それはより複雑化、専門化していかざるを得ない。もちろん地域により抱える課題は変わっていく。だから「市役所の仕事なんてどこでもやることは同じ」などということはありえない。
そのなかでこれから紹介する酒田市では、人口減少による今後の様々な課題に対して、市民と行政が共に力を合わせてまちづくりを行う必要があると考えている。「賑わいも暮らしやすさも共に創る公益のまち酒田」を合言葉に様々なチャレンジを行い、地域のまちづくりをけん引している。これからその取り組みの事例、そしてここで働く職員の声を伝えて酒田市が進める地域行政について紹介してみよう。
1 子どもたちの成長を支援する
酒田市は「学び合い、ともに生きる公益のまち酒田の人づくり」を実現するために、酒田型小中一貫教育を令和4年度より本格実施。各中学校区の実態に即した酒田方式の小中一貫教育を進めるため、各中学校区におけるグランドデザインに基づき「目指す子ども像」を共有しながら、効果の検証を行い、各中学校区の特色ある取組みにつなげている。
更に、その酒田型の小中一貫教育の実践に加えて、地域全体で子どもたちの学びや成長を支える「子供を縁とした地域づくり(スクール・コミュニティ)」の実現に向けて、地域と学校が目標を共有して連携・協働する持続可能な体制づくりの検討を進め、「公益の心を持ち明日をひらく子どもたちを育むまち」の実現を目指している。
2 賑わいと交流の新たな拠点を整備
令和3年3月に「国の史跡」に指定された山居倉庫は、明治26年(1893)の操業開始から現在まで変わることなく同じ場所にある米穀保管倉庫だ。建物以外にも、新井田川からの荷上場やケヤキ並木など、創業当時の景観をよく残しており、我が国近現代の米穀流通の歴史を今に伝える存在である。
どのように後世に残し、かつ歴史的価値を伝えていけばよいか検討しているところだが、並行して、酒田商業高校跡地、消防本署跡地を含めた山居倉庫周辺エリアについて、豊富な経営ノウハウを持つ民間事業者と一緒に「新しいまちづくり」を進めている。民間事業者と本市が、対話を重ね対等なパートナーとして連携して「公」を担い、市民および地域の利益を創出することで、「公益のまち酒田」を実現する取り組みである。
新緑のケヤキ並木と山居倉庫
3 「生活のデジタル化」に向けた「デジタル変革」
市民が実感できる生活のデジタル化にもっとも必要なことは「実装」。そのなかで自治体としてできることは何か。酒田市では令和2年度から情報発信などにLINEを活用をしている。特に新型コロナウイルス感染症関連の情報発信においては、オンタイムでしかもアクセスがしやすいという利便性から、市民からも反響が大きかったという。さらに、行政からの一方的な情報発信にとどまらず、市民と双方向のコミュニケーションを実現するため、その基盤となる「市民マイページ(仮称)」の構築を目指しているという。
また、酒田市の北西39kmの日本海上には島全域が国定公園(鳥海国定公園)の有人離島「飛島(とびしま)」がある。島へは酒田港から「定期船とびしま」が運航されており、所要時間は約1時間15分。都会の喧騒を離れ、ウォーキングやバードウォッチング、釣りや海水浴を楽しみたい観光客に人気の島だ。
その飛島では令和4年2月に海底光ファイバーケーブルが敷かれ通信環境が改善された。さらに島内外の民間企業と連携した「飛島スマートアイランド推進協議会」が組織され、公共施設内に整備された日用品販売施設と、スマートオーダーシステムの連携、e-モビリティ(小型電気自動車)を活用した配送サービスを実施する取り組みを始めている。この取り組みが評価され、内閣官房が主催する令和4年度「夏のDigi田(デジデン)甲子園」で内閣総理大臣賞を受賞している。
飛島への海底光ファイバーケーブルの整備
4 産業の発展に寄与する
酒田市の企業は、多くの地方都市と同じように中小企業・小規模事業者である。そして労働生産性は県平均と比べて低水準にとどまっているのが現状だ。それを底上げしていくためには、時機を捉えた設備投資や時代に即したデジタル化を進め、競争力を増していく必要がある。
そのためのひとつの施策が、酒田市産業振興まちづくりセンター「サンロク」における取り組みだ。サンロクではコンシェルジュ機能を強化し、さまざまな業種の事業者を対象とした新規事業開発、商品・サービス開発、販路開拓、事業承継、デジタル化支援を行っている。そのほか、意欲のある事業者のコミュニティを形成し、課題や資源の共有を通じたビジネス拡大や新事業創出を目指し活動している。また、ITスキルを身につけ、地域内外のIT関連の仕事を獲得する新たな働き方を酒田から提案する「サンロクIT女子」育成の取り組みも進めている。
また、就業人口の減少している農林水産業においては、産業の魅力と従事者の所得を高めることで、担い手の確保・育成を図り、持続可能な産業として基盤を強化する必要もある。そのため、農業の分野では、耕種農家が、新たに稼働する大規模畜産農家へ飼料作物を供給するとともに、畜産農家の堆肥や液肥を活用する耕畜連携の仕組みを新たに構築し、土づくりを行いながら、地域で資源が循環する持続可能な農業を推進している。
こうしたさまざまな取り組みが、酒田市が目指す「地域経済を牽引する商工業が元気なまち」「夢があり、儲かる農業で豊かなまち」の実現には必要となる。これからまだまだ多くのチャレンジが必要となってくるのだ。
市民のビジネスチャンスを支援する、酒田市産業振興まちづくりセンター「サンロク」
5 「ミライニ」から未来へ発信
酒田駅前再開発の一環として、交流拠点施設「MIRAINI(ミライニ)」が令和4年8月にグランドオープンした。この名前には「人が集まり、交流し、対話をしながら学び、未来で活躍していく」という思いが込められている。
酒田はもともと、北前船交易の時代から港を起点に人と物が行き来し、栄えてきた街。その歴史的経緯を踏まえ、さまざまな文化を吸収し、そこに「酒田らしさ」を融合し、未来に向かって多くの「もの・こと」を発信する機能と役割を果たすのがミライニだ。ミライニを拠点とするコミュニケーション・交流・対話などによって、人が育つ風土がこの地域に根付き、新たなコミュニティが生まれることが究極の目的であり、酒田市のめざすまちの合言葉である「賑わいも暮らしやすさも共に創る公益のまち酒田」を体現していく場所である。
JR酒田駅前 交流拠点施設「MIRAINI(ミライニ)」
市役所で働く人たちの想い
ここからは、酒田市役所で働き、さまざまな取り組みに尽力している2人へインタビューする。彼らはどんな想いで働き、どんな未来を描いているのだろうか。
現在市長公室に所属する髙見祐介はIターンで中部圏から移住してきた。移住する前も別の市役所に勤務していたが、酒田市役所での働き方は自分が思っていた一般的な市役所のそれとは違うと言う。
「以前働いていた市役所は、酒田市よりも組織が大きく、決まったことをこなすだけという仕事が多くなってしまっていたのは正直否めません。それに対して酒田市役所は民間と連携したり、新しい試みをしたり、『地域を盛り上げている』雰囲気を強く感じます。地域と市民との距離も近く、地域ニーズを拾いながら、チャレンジしている自治体だなと感じています。そこに自分ももっと関わりたいと思うようになりました。
髙見は現在、酒田市が発行する広報紙「私の街さかた」の編集を担当している。そのため、地域のさまざまな人との交流がある。
「市の広報紙なので行政情報を発信するのは当然ですが、それだけでなく、例えばさまざまなイベントや地域の人でも知らないことを取り上げていくことで、市民の方たちといっしょに地域を盛り上げていくことができたらいいと思っています」
もう一人話を聞いたのは、阿部千里だ。酒田市では採用後の人材育成に力を入れており、採用の年に新規採用職員研修、その後勤務年数によって階層別研修を行っている。加えて職務上の知識修得や専門知識を深める目的で各種研修所へ短期間の派遣研修を行うほか、国・県・民間企業等へ2年程度の研修派遣や他自治体との交流人事を行っており、現在派遣中の職員は11人、他自治体等から受け入れている職員は4人いるそうだ。阿部は令和4年4月より2年間の派遣研修として民間企業に勤務している。
「酒田市は、市役所職員の改善意識が高いと本音で感じています。市役所というのはいつの時代もお役所仕事などと揶揄されがちですが、やらないといけないことをこれまで通りこなすのではなく、改善すべきところは改善する、より良い未来に向けて挑戦をする、という姿勢で多くの方が仕事をしています」と、市役所に戻ったら研修経験を活かしたいと語りながら、酒田市役所を離れて改めて感じたことを口にした。
「『今のやり方で本当に市民の方にとってやりやすいのだろうか』といった意見は頻繁に遭遇しますし、私自身もそのような考えで働いています。酒田市役所のなかにそういった考えは根底にあり、そして浸透しているなと感じています。そのなかで私の立場、そして官公庁の立場としてどんなことがこれからできるのか。酒田市の活性化のためにいろいろと考え、実行していきたいと思います」と将来への思いを語った。
「大学の時に、釣りサークルに入っていたのですが、そのときは電車などの公共交通機関で何時間も移動してやっと釣り場に到着。でも今はすぐ近くに豊かな釣り場が沢山ありますから、アウトドアなどの環境はとても魅力的ですよね。酒田には親しみやすい場所、お店も実はいっぱいあるので、生活するのにはすごくいいところです」
そう阿部が話すと髙見も「実は私も酒田に来てから海釣りを始めて、今ではすっかり趣味と言えるほどに楽しんでいます。酒田港がすぐそこですから、いつでもできるのはすごくうれしいですね。本当に楽しい」と話してくれた。新しい趣味ができることは、自分自身への大きな発見だという。
「ただ」と阿部は続けた。
「ただ、大学進学で数年の間離れただけですが、戻ってきたときに少し街から活気が少なくなった気もしました。混みすぎるのは好きではないですが、人が少なすぎるのは一市民としてもさみしいし困ります。大好きな街だから、その魅力とポテンシャルを生かして、住む人、働く人がもっと増えるような未来に向けて、一職員としていろいろとチャレンジをしていきたいです」
これまで紹介したように、酒田市は先進的な事例も多く、かつ酒田型の試みなど、地方の中でもチャレンジしている自治体と言えるだろう。そしてそこで働く職員一人一人もまた、地域を想い、それぞれが日々行動している。
一方、まちづくりには当然ながら終わりはなく、時代に合わせたチャレンジはこれからもずっと続いていく。それは酒田市役所という行政が中心になりながらも、ここに住まう市民と一緒に創っていくことでもある。酒田市の未来は対話と交流を積み重ねていくことで、「共に創る」未来であるのだ。
酒田のシンボル大獅子「松」「梅」と